
初めての施術のとき、「舌を見せてください」と言うと、少し戸惑った顔をされることがあります。「ベーっと出すんですか?」と照れながら出してくださる方もいます。
以前、お腹を見る理由について書きました。舌もまた、鍼灸師が毎回のように確認している場所です。理由はとてもシンプルで、舌は体の内側をそのまま見ることができる、数少ない場所だからです。
舌は「体の中の粘膜」が外に出ている場所
皮膚は角質という丈夫な層に覆われていて、内側の様子は見えません。けれど舌は粘膜です。薄く、血管が透けて見えて、常に湿っています。胃や腸の内側と、性質としては地続きの組織が、口を開けるだけで直接見える。
しかも舌には、ここしばらくの体の経過が残ります。この数日無理を続けていないか、水分が足りているか、胃腸が疲れていないか。そうしたことが、色や湿り気、苔の付き方に表れてきます。
だから鍼灸師は、舌を見ます。特別な機械も、痛みも、時間もかからずに、体の内側の情報が得られるからです。
鍼灸師が舌のどこを見ているのか
「舌を見る」と言っても、漠然と眺めているわけではありません。だいたい次の四つを見ています。
1. 色
まず舌そのものの色を見ます。健康な状態では、薄い赤みのある淡紅色をしています。
・白っぽい・色が淡い— 血が足りない、あるいは体が冷えている状態
・赤みが強い — 体に熱がこもっている状態
・紫っぽい・暗い— 血の巡りが滞っている状態
2. 形と大きさ
舌の縁に、歯の跡がぼこぼこと付いていることがあります。舌がむくんで膨らみ、歯に押しつけられてできる跡です。東洋医学では、これを**水滞**(すいたい)と呼び、体の中の水分がうまく巡らずに滞っている状態と見ます。
逆に、舌が小さく薄くなっている場合は、体を潤す力そのものが減っていると見ます。
3. 苔(こけ)
舌の表面に付いている白っぽいものを舌苔(ぜったい)と言います。うっすら付いているのが正常です。
・厚く、べったりしている— 胃腸に負担がかかっている
・黄色っぽい — 熱を伴っている
・まったくない、つるつるしている— 潤す力が消耗している
食べすぎが続いたときや、風邪をひきかけたときに厚くなります。ただし、その日のうちにぱっと変わるものではありません。少し遅れて表れ、少し遅れて引いていきます。
4. 舌の裏
意外に思われますが、舌の裏側も見ます。舌を持ち上げてもらうと、二本の静脈が浮いています。ここが太く黒っぽく膨らんでいると、血の巡りの滞りを疑います。
東洋医学は、舌をどう捉えてきたか
舌が診察の対象になってきたのには、経絡の考え方が関わっています。
『霊枢』の経脈篇には、脾の経絡が舌の根元につながり舌の下に広がること、腎の経絡が舌の根元を挟んで走ることが書かれています。同じく『霊枢』脈度篇には、心の気は舌に通じ、心が調っていれば舌は五つの味を知ることができる、という記述があります。『素問』陰陽応象大論篇でも、心と舌が結び付けられています。
つまり舌は、単なる味覚と発声の器官ではなく、いくつもの経絡が集まる場所として理解されてきました。だからこそ、そこに体の内側の状態が映ると考えたわけです。
もっとも、舌診が今のような形にまとまるのは、かなり後のことです。『傷寒論』には舌の苔についての記載が見られますが、舌だけを扱った専門書となると、元の時代(1341年)の『敖氏傷寒金鏡録』まで下ります。舌診は、長い時間をかけて臨床の中で育ってきた見方だと言えます。
西洋医学でも、舌は診られている
舌を見るのは東洋医学だけではありません。内科の診察でも、舌はよく見られる場所です。
貧血があると舌の色は薄くなりますし、鉄やビタミンが不足すると舌の表面のぶつぶつ(舌乳頭)が平らになって、つるりとした見た目になります。脱水があれば乾いてきます。酸素が足りない状態では、唇や舌が紫がかって見えます。
見ている理由は、東洋医学と重なります。薄い粘膜を通して血液の状態が観察できる、体表で数少ない場所だからです。言葉や理屈は違っても、舌を手がかりにするという発想そのものは、東西で共通しています。
舌だけで決めることはありません
ここは、お腹の記事と同じことを書いておきます。
舌の状態は、それだけで何かを断定できるものではありません。前の日に食べたもの、飲んだもの、季節、部屋の明るさでも見え方は変わります。コーヒーやカレー、色の付いた飴を口にした直後なら、舌苔は簡単に染まります。
鍼灸師は、問診で聞いた話、脈、お腹、体の硬さや動きの出方と、舌の様子を重ね合わせます。いくつもの情報が同じ方向を指したときに、はじめて「こういう状態だろう」と組み立てていきます。舌は、その材料のひとつです。
体には、三つの時間が流れている
お腹について書いたとき、そこに表れる変化は長い年月の生活の蓄積だと述べました。硬さや冷えは、そう簡単には動きません。
舌は、それとは性質が違います。とはいえ、今この瞬間を映すというほど素早くもありません。動くのは数日から数週間の単位です。体調を崩す何日か前から苔が厚くなり、回復してもしばらくは厚いまま残る。少し遅れて、じわりと変わっていきます。
先ほどの歯の跡も同じです。走って来た直後に付くものではありませんし、一晩で消えるものでもありません。体そのものが変わったときに、ようやく変わります。だから舌は、その場の調子ではなく、ここしばらくの経過を見せてくれます。
もっと速いのは脈です。脈は文字通り、今の状態を示します。診ている最中に変わることさえあります。走って来られた方、緊張している方、施術で体がゆるんだ直後。そうした変化がそのまま指先に伝わってきます。
つまり鍼灸師は、速さの違う三つのものさしを同時に使っています。
・お腹 — 年月をかけて積み重なった、その方の土台
・舌— 数日から数週間の、体の移り変わり
・脈— 今この瞬間の、体の反応
脈だけを見れば、たまたま今日走って来ただけの変化を、その方の体質と取り違えます。お腹だけを見れば、昨日から風邪をひきかけていることを見落とします。
三つを重ねてはじめて、どこからが普段の体で、どこからが今起きている変化なのかが分かれてきます。
歯の跡が、消えていく
施術をしていて印象に残るのは、舌の縁の歯の跡が消えていくときです。
初めてお会いしたときには、舌の両脇にはっきりと歯形が並んでいる。水滞の状態です。それが、施術を重ねていくうちに、そしてご本人が生活のしかたを見直していくうちに、ある日ふと、跡がつかなくなっている。
本人は気づいていないことがほとんどです。「そういえば前は跡がありましたね」とお伝えすると、初めて「そうでしたか」と言われる。体の内側で起きた変化は、自分ではなかなか分からないものです。
舌は、見て判断するためだけのものではありません。体が本当に変わったかどうかを、後から教えてくれる目印にもなります。
施術の前に、ひとつだけお願い
もし可能であれば、施術の直前に色の濃い飲み物や食べ物を摂るのは少し控えていただけると助かります。コーヒー、紅茶、カレー、色付きの飴やグミなどです。舌磨きをした直後も、本来の状態が見えにくくなります。
とはいえ、これは「守らなければならない決まり」ではありません。染まっていれば「これは着色ですね」と判断できますし、それも含めて他の情報と合わせて見ていきます。気にしすぎず、いつも通りお過ごしください。
おわりに
舌を出すという行為には、少しばかりの気恥ずかしさがあるかもしれません。それでも、痛みもなく、器具も使わず、数秒で体の内側の手がかりが得られる方法は、そう多くありません。
東洋医学は、体をばらばらの部品としてではなく、つながりを持ったひとつのまとまりとして見ます。舌に表れる小さな変化も、そのつながりの一部です。
もし施術のときに「舌を見せてください」と言われたら、どうぞ気軽に出してみてください。
頑張りすぎず、体の声を聞きながら過ごしてください。
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参考文献
・『霊枢』経脈篇
・ 『霊枢』脈度篇
・『素問』陰陽応象大論篇
・ 『傷寒論』辨太陽病脈証并治
・ 『敖氏傷寒金鏡録』(元・1341年、杜清碧増補)
